人間関係はたゆたっている

大学に入学した頃,周辺ではやれほにゃららグループで行動しているだのほにゃららさんたちがカップリングしただのブリーディングしただのという話を多く聞いた.しかしながら,そういった話は時間経過とともに少なくなっていった.つまり,ある一定の状態に落ち着いたといえる.これは言い換えれば,入学当初はエントロピーが高く,徐々に低下していったということになる.なぜ大学にてそういった話が多いのかといえば,中高の入学時はほとんどが地縁的な関係を保ったまま新しい環境に入るためにエントロピーの落差が小さかったが,大学の場合は要素がかなり離散的であるので落差がおっきかったのだろう.エントロピーとは確率論であるので,中には自由粒子みたいなのもいる.むかつくが.そんで,結婚というのは低エントロピー状態を望む社会的システムであるのかと,ふと思った.

レヴィンはこういったことを場で説明しようとしたが,そこに働いている力がいったいなんなのかさっぱりわからない.グループダイナミクスとはいったい何をエネルギーとしているのか.なぜ秩序が必要なのか.なぜランダムではいけないのか.組織の効率化のためか?なら逆に,なぜ群集はアノミー化するのか.ゲシタルト崩壊か?

ゲシタルトの「良さ」とは何か?低エントロピー傾向のことなのだろうか?物理現象なら「そういう性質がある」で説明になりうるが,人間にも同様に適用する場合にはどうも納得できない.生態学的妥当性とか言われても説明の放棄にしか思えない.ずるい.ずっこい.学習なのだろうか.単に,外界と相互作用しながら,不完全な状態で持たされた視覚システムを改良していく過程で得たのだろうか.あーあ,結局は生態学的なのかな...なんか悲しい.つまんない.やーめた.